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松江地方裁判所 昭和32年(モ)63号 判決

債権者

右代表者

法務大臣 中村梅吉

右指定代理人

加藤宏

佐伯忠夫

近藤吉隆

畠山渉

松浦東

松江市寺町百番地

債務者

佐藤洋品店有限会社

右代表者代表取締役

佐藤正隆

右訴訟代理人弁護士

松永和重

右当事者間の昭和三十二年(モ)第六三号仮差押異議事件につき当裁判所は次のとおり判決する。

主文

債務者において金三十万円の保証を立てることを条件として本件につき昭和三十二年五月七日当裁判所がなした仮差押決定を取消し仮差押申請を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

本判決は前記仮差押決定を取消す部分に限り仮に執行することができる。

事実

別紙記載のとおり。

理由

債権者が申請外会社に対して別紙滞納税額表記載の年度において法人税源泉徴収所得税等十三件の更正決定及び認定決定をした事実は成立に争いのない甲第一号証の一ないし五同第六号証を綜合してこれを認め得る。

而して弁論の全趣旨によれば昭和二十七年度法人税につき更正決定通知書及び納税告知書が右会社に送達せられた事実につき疏明があるけれどもその余の諸税につき債権者主張のとおり決定通知書、納税告知書及び督促状が右会社に送達せられたとの事実及び昭和二十七年度法人税につき督促状が右会社に送達せられたとの事実については疏明が十分でない。尤も前記甲第六号証同第九号証成立に争いのない甲第十一号証の一ないし三に弁論の全趣旨を綜合すれば昭和二十七年度法人税の督促状、昭和二十八年度法人税及び同年源泉徴収所得税の決定通知書納税告知書及び督促状が松江市寺町の申請外会社に宛て普通郵便で発送されたことが疏明されるところ元来普通郵便物が名宛人に対しその住所又は居所に向け発送せられたときは反証なき限り通常到達すべき時期に名宛人に到達したものと推測することができるけれども成立に争いのない乙第十一号証の二証人塚本静人同牛見明同石倉幸市の各証言債務者代表者本人(第二回)の供述を綜合すれば申請外会社の営業所はもと松江市寺町にあつたが昭和二十七年の終りか昭和二十八年一月頃廃止されその後その場所は某レントゲン会社の営業所となつて申請外会社は存在しなかつた事実を認め得るだけでなく成立に争いのない乙第五号証の一ないし三、同第十一号証の二証人塚本静人、同遠藤喜一、同牛見明、同石倉幸市、同小林一男の各証言債務者代表者本人(第一、二回)の供述に弁論の全趣旨を綜合すれば申請外会社においては昭和二十七年度法人税につき税務署の了解の下に分納しつつあつたところ昭和二十八年十二月十七日同会社に対する昭和二十八年度法人税の更正決定がなされその頃その通知書及び納税告知書が発送されたが右会社代表者佐藤はこれを知らず昭和二十九年二、三月頃松江税務署員において郵便物返戻の符箋のついた催告書又は督促状を持参したので右会社代表者佐藤はこれを見て初めて昭和二十八年度法人税の更正決定を知りその金額に不服であつたので直ちに他の役員とも相談の上税務署に赴き交渉したが既に再審査請求期間を経過したときであつたので再審査請求をあきらめて署長宛に計算書を添えた嘆願書を提出するにとどまつたものであつて結局右更正決定は右会社に到達しなかつた事実なお昭和二十七年度法人税の督促状及び昭和二十八年度源泉徴収所得税の認定決定通知書納税告知書督促状もいずれも右会社に到達しなかつた事実を推認することができるから前記甲号証を以つて債権者主張の各書面が右会社に送達せられたことを疏明する資料とはなし難い。

而して或る行為が国税徴収法による詐害行為として取消の対象とされるためにはその行為当時において納税義務が観念的に存すれば足り具体的に発生するを要しないけれども政府において詐害行為取消権を行使するためには既に納税義務が納税告知により具体的に発生し且つ督促状の送達もなされて滞納処分を執行し得る段階にあることを要すると解すべきであるところ別紙滞納税額表記載の租税については債権者の主張のような納税告知書又は督促状の送達がなされたとの事実につき疏明なきこと前記のとおりであるから取消権を行使し得ないものというべく従つて被保全債権たる損害賠償債権は債権者の主張事実の下において発生しないこととなるものである。

よつて保証を条件として本件仮差押決定を取消し仮差押申請を却下すべく訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 柚木淳)

(別紙)

事実

債権者指定代理人は本件につき昭和三十一年五月七日当裁判所がなした仮差押決定はこれを認可する訴訟費用は債務者の負担とするとの判決を求めその理由として次のとおり述べた。

一、債権者は申請外宝有限会社(以下申請外会社と称する)に対し別紙滞納税額表記載の年度において法人税源泉微収所得税等十三件の更正決定及び認定決定をなし各その頃右決定の通知書と共に同表記載の納期を定めた納税告知書が右会社に送達せられ、なお納付の未済のものに対し各その納期を過ぎて間もなく督促状が送達せられたが同会社は現在なお同表記載の金額の滞納をしているので債権者においてその金額につきいつでも滞納処分をなし得べき段階にある。

二、しかるに申請外会社は昭和二十八年四月三十日営業成績不振のため休業と同時に申請外佐藤正隆を含む各社員に全資産を譲渡し、会社資産を皆無とした上昭和二十九年三月三十一日解散の決議をなし次で同年四月七日その旨の登記を了し、目下清算中のものである。

三、右資産譲渡は滞納にかかる税の納期が資産譲渡と同日のものであり、又納期が資産譲渡の以後に属するものも課税元年度が昭和二十八年一月までの事業年度のものであるから観念的には納税義務が発生しているのみならず、課税の理由が売上代金の記帳を脱漏していることにあつたので後日税務当局の調査により相当多額の課税を受けるであろうことは知悉していたものであるから、財産の差押を免れるためなされた譲渡であることは明白である。

四、申請外会社の代表取締役であつた申請外佐藤正隆は前項記載の事実を知悉しながら右第二項記載の如く昭和二十八年四月三十日資産(什器、備品、商品、定期預金、受取手形等)合計三百六十四万八百九十五円五十銭、負債(借入金、買掛金、支払手形)合計同額の譲渡を受け、更に同年五月三十一日自己が代表取締役をしている債務者に譲渡し債務者は譲受けた商品を全部売却している。

五、右諸事情により、第二項記載の譲渡契約は国税微収法第十五条にいう詐害行為に該当するからそのうち商品につき、前記滞納額の限度においてその取消を求めると共に、債務者は右のように譲受商品を全部換価し、その原状回復が不能であるからこれに代え右取消額に相当する金百八十二万五千八百五十四円の損害賠償を求めるため過日御庁へ訴訟を提起したが債務者は財産を他人に譲渡して債権者の強制執行を免れようとする気配がうかがわれるから、債務者所有の有体動産に対する仮差押の裁判を得る必要がある以上のとおり述べ、債務者の抗弁事実中松江税務署員において佐藤に対し個人営業えの復帰を勧奨したことのあること、申請外会社において税金の分割払をしていたことを認めるがその余の事実を否認すると述べ疏明として甲第一号証の一ないし五同第二ないし第六号証同第七号証の一ないし三同第八乃至第十号証同第十一号証の一乃至三を提出し証人加納雄、同塚本静人、同遠藤喜一の尋問を求め乙第一号証同第二号各証の成立は不知同第二、四号証同第五号各証の成立を認める。同第六号証の成立は不知同第七、八号証の成立を認める。同第九号各証同第十号証の成立は不知、同第十一号各証同第十二乃至第十七号証の成立を認めると述べた。

債務者訴訟代理人は本件につき昭和三十二年五月七日松江地方裁判所がなした仮差押決定はこれを取消す。債権者の本件仮差押命令申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とするとの判決を求め、答弁として

一、申請理由第一項記載の事実は否認する。

二、同第二項記載の事実は認める。

三、同第三項記載の事実は否認する。

四、同第四項記載の事実はそのうち「前項記載の事実を知悉しながら」という部分を除きその余の事実を認める。

五、同第五項記載の事実はそのうち債務者が譲受商品を全部換価した事実債権者が過日その主張のような訴訟を御庁に提起した事実を認めるがその余の事実を否認する。債務者は現に盛業中の洋品店であつて仮差押をしなければ判決の執行困難を生ずるようなおそれはない。

と述べ抗弁として次のとおり述べた。

一、債権者主張の昭和二十八年度法人税及び同年度源泉所得税及びこれらの加算税はいずれも不当に高額のものであつてそれは無暴極まる査定によるものであるからその賦課処分は当然に無効というべく右租税は発生していない。

二、仮りにそうでないとしても本件取消の対称たる申請外会社と同佐藤正隆との間の資産譲渡契約は同会社の解散に伴う資産負債の整理行為であつて国税微収法第四条の四に該当するものである。然るに右規定によると残余財産の分配又は引渡を受けた者は連帯してその受けた財産の限度において税金の納付につき責に任ずるのであるから残余財産の譲渡を受けてもこれによつて差押を免れることは出来ない。即ち詐害行為とならないのである。

三、仮りにそうでないとしても申請外会社と同佐藤との間の右行為は松江税務当局の指導勧奨に従い申請外会社の解散、個人営業えの復帰を速かに実現する目的を以つてしたものに外ならず、しかも当時における税金は申請外会社役員が分担して支払うことに定め松江税務署係官に了解を求め且つ分割払の許可を得て着々支払をなしていたところであつて、これが未納に終る如きは佐藤の全く予期しなかつたところであり、又昭和二十八年度の法人税及び源泉微収所得税(各加算税を含む)の査定が無暴極まるもので常識で考えることのできない程度のものであるだけでなく佐藤は申請外会社には当時約七十六万円の損失あるものと考えていたので佐藤にとり申請外会社に対するこのような高額の課税も亦全く予期しないところのものであつた。即ち佐藤正隆、及び同人の代表する債務者会社はいずれも詐害の意思を布していなかつた。

四、仮りにそうでないとしても国税微収法による詐害行為取消についても民法第四百二十六条の類推適用があるものと解すべきところ債権者主張の詐害行為取消原因たる事実はいずれも松江税務署長においては昭和二十九年三月四日広島国税局長においては同年七月十四日に覚知しているから取消権は遅くも昭和三十一年七月十五日に時効により消滅している。

疏明として乙第一号証同第二号証の一乃至三同第二、四号証同第五号証の一乃至同第六乃至第八号証同第九号証の一乃至七同第十号証同第十一号証の一乃至六同第十二乃至第十七号証を提出し証人牛見明同石倉幸市同小林一男同池田賢三債務者代表者佐藤正隆本人(第一、二回)の尋問を求め甲号各証の成立を認めた。

滞納税額表

〈省略〉

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